「TO PIXAR AND BEYOND」を読んで

書評

「TO PIXAR AND BEYOND」を読みました。邦題は「PIXAR 〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話」といい、全てを込めたらダサいと罵られる日本配給のハリウッド映画タイトルみたいになっています。

訳者の文章構成が面白くて一気読みしちゃいました。

「TO PIXAR AND BEYOND」を読むべき人たち

ある企業を題材としたノンフィクションなので、「仕事の流儀」を観る感覚で読むのがいいと思われます。

財務の立て直しが主軸ですが、ノウハウが書かれているわけじゃないので指南本ではない。仮に同じ状況に立っているとしても、人選を間違えば即終了のデスゲームみたいな流れ。優秀ありきだけど事業に情熱を注げるかどうかが重要。

時間が押す中でそれを選別していく過程は、ビジネスマンとして「それな」と頷くことも多いと思います。

人材は重要。はっきりわかるんだね。

世界一のアニメーション企業を支え、世界を変える1人の男を救い出した話

「トイ・ストーリー」でCGアニメーションを世界に認知させたPIXAR。今はディズニーの稼ぎ頭であり対等な存在で、世界一のCGアニメーションを創る集団として知られています。

世界のトップ企業である現在とは対照に、かつてはスティーブ・ジョブズの自費で運営しており、彼の機嫌次第で命が握られていた状況でした。後に世界一になるクリエイター達は、「トイ・ストーリー」が完成する前に、解散の危機に立たされていたわけです。

それは日本アニメーションと同じ問題を抱えていたから。CGアニメを製造するコストと営業利益が釣り合っていなかったためです。そうなってしまったのも、ディズニーと交わしていたある契約のためだが……?

業務改善のため、ジョブズに見出されたのが著者であるローレンス・レビー。弁護士から会社経営を経験した後、世間的には無名だったが、どこで噂を聞きつけたのか彼に呼ばれ、PIXARの最高財務責任者(CFO)兼社長室メンバーに着任する。

────ここから始まるのは、ビジネスモデルの先駆がないCGアニメーションをどう収益化するかの話。

彼が着任したのは、世界初の長編CGアニメーション「トイ・ストーリー」が既に制作されている時から。それに可能性を感じつつも、経営面ではリスクしかない状況。それでも請けた本心は、「あのスティーブと仕事が出来ること」だった。

人間と戦う働きアリ

ディズニーは既にアニメーションやグッズ販売にテーマパークなど、多角化して世界一の娯楽提供企業として完璧な経営をしていますが、PIXARはそこまで出来る実績がなかった時代。短編CGアニメで賞を取り、それを見た人達が「面白い!」と誰もが可能性を感じるが、経営を続けていくビジョンを見いだせなかった。それは買収したジョブズも同じ。

ローレンスはアニメを作れないが、「トイ・ストーリー」がすごい作品だってわかっている。それは制作陣が信じていることだし、経営陣も同じ。……だから続けさせてあげたい。

配給は既にディズニーと契約していたが、その内容が中々鬼畜で、10年間3作品をあげるまでは、他社と一切関わるなという囲い込みな内容。おまけにロイヤリティーが収益の数%ポッチと、たとえ1億ドルのメガヒットをしても、こちらは1千万ドル貰えればいい方。

1作の完成に数年かかるCGアニメでこれじゃあ、年間費用と収益が到底釣り合わない。それを改善出来たとしても、ディズニーとの契約がどうしても足かせになる。レビーは打開策の機会を伺いつつ、ジョブズを抑えながら立て直しを計っていく。

そして「トイ・ストーリー」が1995年のNO1興行成績を挙げ、”実績”という武器を手に入れる。

ジョブズが望んでいた株式公開も大成功を収め、古巣のAppleを退陣させられた過去を「返り咲き」で塗り替える。PIXARは株で運転資金を賄うことが出来るようになり、ジョン・ラセター率いるクリエイティブ集団はその後もヒット作を連発し、ディズニーの買収でまさに”世界一のCGアニメーション企業”となる!

わけですが……。

世界が認めたクリエイティブ集団「PIXAR」

伝説となったジョブズの生涯で語られるのは、当然ながら「Apple」のことが多い。屈辱の退陣からの「NEXT」「PIXAR」で何をやっていたかは多く語られていません。

どちらも最終的には成功を収めており、PIXARの立て直しがAppleに舞い戻るキッカケのひとつ。それはレビーが手を貸したことも大きな要因であります。作中でよく語られますが、ジョブズの才能は美的感覚が特に優れていたと。

簡単にいえば、惚れ込んだ物は必ずヒットするわけです。それはPIXARも同様でした。

世界で初めての長編3DCGアニメーションを創る集団は、響きだけでもセンセーショナルですが、まだビジネスモデルが確立されていなかった。自費の5000万ドルを費やし、レビーがMicrosoftなどからライセンス料をもぎ取るが、それでも収益化の未来が見えない……。もし「トイ・ストーリー」が大コケをしたら? 時間がかかるCGアニメーションがこれ以上の進化をしなかったら?

「TO PIXAR AND BEYOND」には、そんな裏話が多くあります。

彼らが歩んだ道のりは、物語と呼ぶにふさわしい山あり谷ありの苦難でしたが、リアルの当事者たちは、”運命”だったと感じていたことでしょう。仮にレビーがオファーを断っていても、別の人がが立て直したかもしれない。でもIFの世界で就任したCFOは、ジョブズが世界から居なくなった後、帰り道で彼の住宅を見て涙を流すことはなかったかもしれない。

なんだかんだで、認めあった2人だったからこそ、最良の選択で成し遂げたことだと考えられます。

PIXARをディズニーに”買わせる”選択

著書の主軸は企業間の駆け引きに集約されています。

この辺は企業ドラマでありがちな流れですが、ひとつのミスで多くの人が露頭を迷うことになる状況で、最善の機会を追い求め続けた経営陣の手腕には驚かされます。CEOの言う通りに動いていれば破綻していただろうし、制作陣を経営と分離していなければ、人材が逃げて嫌な形で吸収されていたかもしれません。

冒頭は2人がPIXARの行く末を話す所で始まり、彼らの最後の大仕事もここから始まる。

ディズニーからの経済的自立を目指すため、長年苦しんだ契約を改定すると同時に、PIXARをディズニーに買わせる選択を取る経営陣。アイズナーCEOの時代にそれは叶わなかった。だが、彼が経営面の問題で辞任した後、ボブ・アイガーが就任してからの交渉では、とんとん拍子にいい方へと話が進んだ。

そして歴史に残る、74億円での買収劇となりました。前CEOの契約で妥協していたら、この結果はなかったことでしょう。

ディズニーとPIXARの株はどちらも上昇し株主たちも大喜び。PIXARは収益分配で自社経営が出来るようになり、名実ともに世界一のCGアニメーション企業として、現在までヒットを飛ばしています。

その後のジョブズはAppleでiPodにiPhoneなどを手掛け、文字通り世界を変える偉業を成し遂げました。そしてレビーはPIXARの取締役を退陣した後、東洋思想と哲学に自身のやるべき道を見つけ、新たなビジネスを始めていく──ってところで本書は終わりです。

ジョブズに関しては数々の伝記が発行されていますが、他者から見た彼の内面を分析した本はわりと少ない。ウォズの自伝と本書はそこが細かく書かれており、共通するのは「他者をノセるのが抜群に上手い」こと。プレゼンの上手さとこだわりは、当書でもさらっと書かれています。

訳者の文章が自然な日本語だから、かなり読みやすいです。訳書で「マジで?」ってあまり見ないですよね。

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