ポリコレを意識するとアフィブログは成り立たない

ポリコレを意識するとアフィブログは成り立たない

最近は多様性だのなんだの、”差別(区別)”に関してうるさい。

もちろん排除すべき事柄ではあるが、ポリコレを遵守するほど失われることもある。それは「商品を売るターゲット」など、個人を想定した訴求文章だったりする。

だって……「アイツはいいのにワタシはダメなの?」とかなるじゃん。

スポンサーリンク

商品を作るにも売るにも「誰かのため」を想像する必要がある

”商品を売る考え”をウェブの話に限定すると、ライターや広告(アフィリエイト)が該当しやすい。

ライター業は扱うジャンルが多種に渡る。でも基本は「見て欲しい層を限定する」のが主流。マンガ好きが集まる場で、いきなり政治の話をすると「何やコイツ……」ってなるでしょ?

広告は「興味を持った層に売る」アプローチになるから、買ってくれる人を想定しないと意味がない。だからある程度、ユーザーが興味のあるジャンル(話題)の情報を収集している。

マーケティング用語に「ペルソナ」があるけど、これはアフィリエイターにとって身近な単語。

簡単にいえば、他者の気持ちに寄り添って希望を叶えること。

マンガ好きに小説を売るのは難しいけれど、「どんなマンガが好きなの?」と聞いてから「じゃあコレは」と提案するほうが可能性はありそうと思うはず。

よく「お客様目線で」といわれるのもペルソナみたいなもの。

一方で「ポリコレ」は、それと真逆の考え方。

マーケティングは世界人口から売れる層を限定するけど、ポリコレは「世界中全ての人を幸せにしたい!」……みたいになる。

もしアフィリエイトがポリコレ遵守になったなら

ポリコレは「ポリティカル・コレクトネス」の略。

意味を要約すれば、社会にいる全ての人を平等に扱うし区別しない──みたいな感じ。ようするに、”誰も排除しない考え方”。

ポリティカル・コレクトネス - Wikipedia

考え方としては崇高。実現はほぼ不可能。

例えばペルソナで「30代・男性」を設定すると、キーワードに「30代・男性」は必ず入れることになるし、商品ごとに合わせた「モテる」とか「ダイエット」などが派生として入る。

マーケティングは総人口からグループ分けをすることが前提。

だから、ポリコレとは反してしまう。

もしこれが当たり前になると、ウェブ上の広告や”売りたい文句”は、総じてアウトになりかねないのでは? と思っている。

──そこまで制限すると、言論統制に近しくなるし、何もいえないしいわない方がマシになってしまう。

だから「ポリコレ」は、政治に携わる者や、発言の影響力が強い者にこそ問われる考え方として落ち着いている。

ポリコレを傷つけない語り部はつまらなくなるし、話が長くなりがち

”誰も傷つけない語り口”は、社会の理想ではあるけど、時に「何いってるかわからない」風に聞こえがち。

例として挙げられるのは、日本政府のアナウンスかと思う。

政府が国民の行動を抑制することは出来ないため、”帰省の自粛”も「本音は行って欲しくないけど、行きたいなら注意するんだよ」──みたいなニュアンスで聞こえてしまう。

ようは”自粛”であって禁止じゃないから、行ったとしても罰則はない。つまりは「何が起きても自己責任ね」って話。

とはいえ、人の思想は自由だから──

  • 「面倒事になりそうだし止める」
  • 「注意して行くから大丈夫」
  • 「是非をハッキリしないと決められない」
  • 「何をいおうが行きたいから行く」

……みたいな考えがあるし、どれも間違いじゃない。

行くのも止めるのも自由な考え方は、買うのも買わないのも自由と同じこと。そんなポリコレを意識したアフィ文はどうなるかといえば……

「この商品は誰にでもオススメできます!買わなきゃ損!」

みたいになるけど、女性用化粧品なら男性が買うと「あれ?」ってなるし、女性の中にも適した肌質なり年齢層は製品が想定しているから、範囲外の人が購入すると「思ったのと違う」みたいに、トラブルの元になりかねない。

なので「買ったり買わなかったりしろ」的なニュアンスの万人に向けた声は、意外と誰にも届いてなかったりする

商品を売る考えなら、購入層を断定してウリ文句を考え、「良かったです!」みたいな肯定レビューを獲得して、ページランクをあげたほうが、確実に成果が伸びていくもの──。

コメント