感心されるカンニング方法でも認められないのは何故?

試験のカンニング方法で、まれに凄技で称賛される人もいたりする。

……まあ、失格なんだけど。

ある意味クリエイティブであるし、めちゃくちゃすごい人材かもしれないのに、才能が失われるのはなぜだろうと考えることもある。

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カンニングが認められないのは「公平性」のため

テストや試験は事前に学ぶことができます。

始めるまでの条件は、限りなく「公平」であるといえます。

いい成績の人もいれば、わるい成績の人もいる。その違いは、得意科目(没頭できるほど好き)の見極めだったり、勉強したり健康の生活環境次第かもしれない。

ばれないカンニングも、ずる賢さの実力といえなくもない。

カンニングが悪とされるのは、記憶以外から答えを知るのは、実力とは呼べないから。

英の単語帳から100語を「これ全部暗記してね」と渡されたら、覚えきる人もいれば、曖昧な人もいるわけです。……しかし、100語をいつでも見れるようになっていれば、努力して覚えた人は不公平と感じるでしょう。

身体能力に差はあれど、横一列でスタートしないと、公平とは呼べません。

あえてカンニングさせるのも面白い

カンニングの方法は、いわれてみれば原始的なやりかたが多い。

筆記用具に仕込むとか、体や服に書いておくとか、むしろ試験会場に備えておくなどがあります。今はスマホをなんとかして持ち込む方法が考えられているでしょう。

間違った方向とはいえ、絶対カンニングしてやるぞの意気込みも、努力の方向性が垣間見える気がします。

リスクは取りつつも、後で楽になるため、面倒なことを”あえてやる”姿勢……。これってエンジニア気質じゃないかと。

あえてカンニングペーパーを持ち込ませる方法は、なるほどと思いました。

この発想はスゴイ!試験にカンニングペーパーを1枚だけ持ち込めるようにした理由とは!?
皆さん、学生時代の試験前ってどんな勉強をしていましたか? 必死で試験範囲をまとめたり、重要ポイントに赤線を引いて暗記したり…。今思い返してみると、本当に大変でしたよね。。。 今回話題になっているのは、

カンニングペーパーを作るためにはまず、答えを導く必要があります。

それを持ち込むために、問題を解く過程を学ばせているダブスタ的なやりかたですね。作っているうちにけっこう覚えると思います。

テストや試験があるのは、「目標」を設定するため。

目標に向かって君は何を準備するのか──。

テストでそう問われていたと知ったのは、後輩の実力を試したい時。

すんなり覚える人もいれば、ぜんぜんダメな人もいる。多様性はどちらも等しく、同じレベルまで引き上げるように考える取り組みだと思う。

何事も「その人に合ったやりかた」てのは存在するはず。

誰も取り残したくないのであれば、進むべき道の選択肢はもっと自由であってほしい。やりたいことがあるのなら、すぐやれる環境下にいるほど、伸びるものです。

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